2010年4月4日(日)
桜の花が満開を迎えようとしている。
ここ鎌倉には多くの桜の名所があり、会社から徒歩数分の小川沿いにも綺麗なソメイヨシノや八重桜その他の綺麗な花を咲かせる散歩道がプロムナードとして地域住民の目を和ませている。
以前は春の昼休みの散歩は絶対に無理であった、しかし、今年は大きな朗報があった。それは休日に家内とデパートにぶらりと出かけたときに北海道の物産展に出会った。そこで、カシス酢とカシスジャムを販売していた店員さんに呼びとめられたので、ものは試しとなにが普通の製品と異なるのかを聞いてみた。するとそのマネキン嬢いわく、どうもかなりの過ぎ花粉症らしいが、ジャムと黒酢を飲むととても軽くなるとのこと。まあ騙されたと思って試食してみた。それから30分後に何の気なしに感じたのがドライアイが緩和されていた。これは血流に流れこんだアントシアニンが効果を発揮したのか?と感じたので、まずはお試しにとジャムと黒酢を早速購入、花粉症の家内と一緒に次の日の朝から果物+ヨーグルト+カシスジャムそして出かける前にカシス黒酢を水で薄めて飲み始めた。(とにかく、私達は思ったらすぐ行動に移すという生来の性分で、直観的に行動する場合が多い)
既に取り始めてから1カ月が経過しているが、今までは外出時絶対マスクが欠かせなかったのに、マスクが全く必要なくなったこと、くしゃみが止まった、目がかゆくならない。花粉症独特のすべての症状が殆ど止まってしまったようである。
そのようなわけで、過去35年間にわたって私を苦しめてきたスギ花粉症がどこかに消えてしまったようである。家内も全く同様に効果があったので、我が家においては緩和率100%という結果であった。故に、春の花の美しさや晴天時の空気を胸一杯吸うことが35年間出来なかったことを思うと、あの出会いに感謝である。
既に知り合いにはこのカシスの効能を話したりして、自分を実験台にして効果のあったものを紹介している。喜びのおすそわけです。
このように人生では多くの出会いがある、もしあの時出かけていなければそのような出会いもなかっただろう。つまり行動することで何かと出会う、自分から行動することで、新しい発見との出会いがありそこからまた出発する。人生とはそのくり返しであり、それだから発見や出会いを楽しんで行けるのだろう。
勿論、行動して問題に出会うこともあるだろう、しかし、うまくしたもので、それは自分にとって学ぶ時が来たときに必ず起きるようだ。だから、そのような難題が起きたときでも、それはその最中は大変で悪態をつくかもしれない(人間ですからここは仕方がない、むしろ我慢するほうが体に良くない)けど、後で落ち着いたときに、そのようなことが自分や自分の周りに起きたことに感謝できれば良いと思う。
春は色々な始まりの季節、近くの県立フラワーセンターの道路沿いの花が咲き乱れていてとても愛らしい。道路を歩く人々の目を楽しませてくれている。花のエネルギーに感謝をしながら、小春日和のぽかぽかした日にゆっくりと散歩できる当たり前の幸せを感じる今日この頃である。
2010/04/04 (SUN) 21:05 @ Japan
2010年4月3日(土)
さて、久しぶりのブログ再開です。
昨日息子と話をしていたら、昔より時間の進むスピードがものすごく速く感じると言ってました。
そうですね、私も50半ばにしてそれを感じていますが、何故と言われると諸説あるようですが、私にとってはどのような理論が当てはまるのか?と考えてみました。10代、20代、30代、40代、50代と後で考えてみると、それぞれの時代を10年単位で考えてみると、確かに10代の頃は人生の目標も決まっていなかったし、責任もそれほどなくとにかく自分の好きなことをとことんやる、そんな時代だっと思う。
20代は大学から社会に入る時期であり、この頃からスピードは俄然と急加速したようだ。そのひとつには、10代の頃には常に中間テスト、学期末テスト、各休み、クラブ活動など季節を感じ取る物差しのようなリファレンスがあった、しかし、社会人になると日常は仕事をスケールにして流れるために、スパンの長い仕事だと1年や2年はあっと言う間に過ぎてしまう。その代り、成果と達成感、充実感などが御褒美として自分に戻ってくるわけである。であるから、結構時間の観念が無くなってしまい日常のことも短く感じてしまうのではないだろうか?
そのような日常の中に、人とのお付き合いや、取引先との色々なトラブルなど、多くのことを学ぶわけで、学生の頃から比較すると実に数10通りの作業を同時並行させながら判断、決断、失敗、成功をくり返しながら人生を積み重ねて行くわけです。そんなことは新入生に話してもなかなか実感がわかないかもしれないけれど、人は訓練すれば驚くほど進化できるものだということです。私も社会人になったころは、記憶力だけは良かったのでスケジュールもすべて暗記していたが、やはり脳の使い方を変えると、全く異なった作業ができることに気がついた。そう、人の能(脳)力は確実に進化するものだ。
長年海外ベンチャー企業とお付き合いをしてきて明確になったことは、殆どと言ってよいほど日本人の水平思考回路は他の国の人々に比べると圧倒的にその能力が高いようだ。これは日本独特の和の社会組織の中で同時に色々な人に気を配る習慣が身に付くことによって、さまざまな仕事を同時に並行して行うことができるようになったのだろう。勿論個人差はあるにしても、日本人のもつ水平思考の基礎能力は高いものがあると信じている。
過去30年間海外ベンチャー企業と日本企業の橋渡し役をやってきたが、日本人の勤勉さと地道な誠実性がとかく欧米企業からは大きな誤解を受けることが往々にしてある。日本人技術者は、品質向上のためには、相手のため(これが一番大きな違いかもしれない)にと思い、不可欠な技術的質問を際限なく追及する、すると、相手からは秘密を盗み出そうとしていると受け取られてしまう。そのような場面に過去何百回となく出会った、そして、そのような危機的状態を克服する唯一の方法、それはお互いを認める信頼関係である。信頼関係はなかなか一日ではなしえないし、お金で解決できるものでもない。相手は人間でありコンピュータではない。感情を持つ生き物人間である。異なる文化や商習慣に育ち何、それでも何かを共同して創り上げようというのだから、必要とされる努力は双方ともに並大抵ではない。その時に必要なのがキーマンである。双方の会社、又は組織には必ずと言ってよいほど理解者がでてくる、その理解者とのコミュニケーションが取れたら、これ幸いと仕事はスムースにすすみ始めるものである。
そのような仕事で成果をあげるには、やはり人付き合いである。私もそれほど人付き合いがうまい方ではないが、光に携わる技術者として長年日本企業と海外企業の橋渡し役をして、多くの学びがあった。成功に秘訣は?
1)約束したことはきっちりと守る、それをくり返しくり返しとにかく守り抜く。出来ない時は、出来ないと知らせる。コミュニケーションの悪い人は、まずここで大きく後退してしまう。どんなに悪
い立場にあっても、相手は貴方からの電話を待っている、これを忘れてはいけない。
2)信頼関係を築くのは、地道な努力と本音を語れる関係になること。それは苦楽を共に分かち合い、同じ釜の飯を食らった仲、やはり人間は同じである。
3)成功したら成果を分かち合うこと、そして、それを継続し次へと継続的に進化する継続的人間関係を築く努力を重ねること。
4)人との出会いを大切にし、毎日を感謝で終わること。それに尽きます。
その学びとは何だろうか?特に大きな学びは、自分では厳しい、とても耐えられそうもない、我慢の限界、そのようなときに自分の真価を発見することができたようである。そこには、多くの関係した人々の援助、理解、妥協、そして共同で創造する知恵、多くのポジティブな考えを持った人々が揃ったときに、今までにはない力を生み出すことができたようである。つまり、チャンスはすべて自分の中に内在するとてつもない苦しみをもチャンスととらえ、それを全力で取り組むこと、それをクリアしたときに次のステップへの準備ができている自分を発見する、そのくり返しが私の人生だ。
仕事のジャンルの如何にかかわらず、人とのお付き合い、そして自分とのお付き合い、それが経営者の成長、企業の成長につながってゆくっものなのでしょう。これから未知の世界を体験する若い人々にエールを送りたいと思います。可能性は無限である、自分の限界を造るのは自分自身であり、無限へのドアを開ける鍵は貴方自身が持っていることに気づいてください。
2010/04/03 (SAT) 16:10 @ Japan
2009年9月30日(水)
8月後半から9月上旬にかけてカリフォルニア州ロサンゼルスにおりました。
日本から約10時間ほどでロサンゼルスに到着、日本を出発した日と同日の昼少し前には到着。
ひとたび通関を済ませ、道路に出る、なんと心地よいことか。この感覚は過去何百回と繰り返した後でも変わらない。
成田ではこのようなエネルギーを感じることはない。
やはりその地のもっているエネルギーがあると思う。力強さとすっきりとした晴れやかな空気がこの30年間変わっていない。
日本は歴史的な政権交代があったばかり、アメリカでもオバマ政権が発足してから民主党なのでどこかでお互いの政権が本当の意味で力を合わせ、世界を変えて行くことができる日も近いのかも知れない。マンネリ化した社会は、どこかで破綻し、新たな社会的な動きがでてくるようだ、それが自然の自浄作用なのかもしれない。人知には及ばない大きな力が働いているようである。
今年の2月にアメリカに来たときは歴史的な雨ばかりの3週間であった。今回は私が滞在しているPASADENA市の近くの山では大火事。ロサンゼルスのダウンタウンの背景に見える山々から炎がメラメラと見える、多分やまの木立の高さはゆうに20メーターを超えているだろうから、その炎の高さは推測できる。
アメリカではこのような山火事が毎年多発し、今回の多火事のひとつは人災であるとの報告もでているから驚きである。
実は私のステイしているアパートでも火事騒ぎがあり、古い電線がショートして電線が発火し近くの松の木立に火が移り、その火が下に落ちた松の枯葉に引火し、大騒ぎになる寸前であった。家の前にホースがあったので消火活動を無意識のうちにしていた自分がいた。やはり炎を見たときに人は無意識のうちに行動を取ることが自分の動作を見て証明したようである。はだしで、高い土手に登ったのも全く記憶になかった。
カリフォルニアで消火活動、いや生まれて初めての消火活動であった。
このような火事場の馬鹿力に見られる無意識の行動については、実は6月にある大学で講義を行ったときのテーマであった。
無意識の深層心理が人間の行動に大きな影響を与えておりそれが、エンジニアであれば発明などの発想に大きな影響を与えていることが講義内容であった。無意識の行動のなかで大きな影響を与えているのが幼児期の体験であるという、それは胎児として母体に存在を現した頃から始まっているのである。私も色々な経験を通してそれが間違いないという認識をもっている。
それとビジネスがどのようにつながるかは、私の過去の履歴を思い出してみるとあるひとつのパターンがあるようだ。
そのようなパターンは誰もがもっており、気づくかどうかである。
気づきは、その人が成長するときの兆しでありそれをうまく使いながら人生の荒波を苦しむのか、それとも嬉々として楽しむのか、大きな違いが出てくるものである。私の場合はどちらかというと、荒波や大海原への出港をいつもわくわくしながら待っているようである。時には予期せぬ大波が来て慌てふためくこともあったが、最近では長年の自分とのお付き合いのせいか、その大波にも飲まれずそれを怖れることなく、ごく自然に対応できるようになってきたようである。
人間は進化できるものなのだと思う今日この頃である。
経営者が進化しなければ、会社も成長できないのは当然のことであり私の今回のアメリカ出張も大いに役に立ったと思う。
人間不況の時にこそ大いに学び,成長する絶好の機会であると痛切に感じる。
新たな光応用技術との出会いは最近も継続しており、毎日があたらな出会の連続でありそれらの点がつながって線になる瞬間、その先おぼろげながら見えるもの、それが新たな次の開発プロジェクトの目標となる。その連続が明日の商品開発へとつながる。これが私の原動力の源である。
2009/09/30 (WED) 23:58 @ Japan
2009年7月09日(木)
久し振りのブログ再開です。
長期間BLOGが休眠状態でした。反省することしきりです。
継続することの難しさを感じています。
「最近の100年に一度の経済危機ってなんだろう?」
理科系の私としては、今の経済学者が言ってる危機が良く理解でません。
ニュースを見てもネガティブな情報だけ流していますけど、元気な人は世の中にいっぱいいますよね。
私が光と最初に出会ったのが小学生4年生の時で、雪の降り止んだ凍てついた空に燦然と輝くオリオン座の3つ星でした。百科事典の星座表を片手に、父親と一緒に見たのを今でもはっきりと覚えています。それまで野球に明け暮れていた少年が、ある日突然空の上にある星の美しさのとりこになってしまったわです。
人生に起こる色々な出来事の中でも、このような意識していなかったことが突然明らかになることってありますよね。
子供の頃はなにも意識しないで、それらの新しい発見を自然に受け入れて行動していたと思います。それが年齢を重ねるに従い色々な理由づけをするようになってくるようです。
子供の行動をみていると本当にすごいな、と思うことが一杯あります。それは、子供のころにはあるがままに受け入れることが、本能的に行われているからではないでしょうか?
今私たちは、企業人として社会の貢献するためにありとあらゆることを模索しています。そしてそれらが多くの科学を推進し、今では人の思いが交錯しその修正のために世界中が大きなパラダイムシフトを起こしています。
文明が大きく変わろうとしています。20世紀は19世紀の産業革命を引き継ぎ、多くの偉大な物質文明を作り上げました。その反面、大きな負の遺産も作りだしました。
100年に一度と言われている現在の大恐慌も、100年前とは大きな違いがあります。それは、多くの学びを私たちが得ており、それらを学んだ人々が地球規模で文明を良い方向へと導きはじめているようです。よって、これは100年に一度のチャンス到来であり、私たちが意図して初めて地球規模の良い方向へ秩序ある変化を起こそうとしている特別なタイミングです。
そのために私たち企業になにができるか、それを考えるとき最初の一歩が、あの子供のころに感じた、一人一人の人間が持つ、純粋な驚き、歓び、ひたむきな情熱、成し遂げたときの幸福感、それが人間本来の持つ最大のパワーであり普遍的な正しいパワーではないかと思うわけです。
そこには駆け引きもなければ、他との競争もありません。つまり、本来自分のやりたいことを継続した人にしか分からない、幸福感がそこにあるからだと思います。
もし世界中が子供だけになったとしたら、喧嘩はあったとしてもそれは節度ある喧嘩であり、仲直りできるものです。
子供の持つ創造性や争いが無い社会であったなら、世の中は希望に満ちた、つねにワクワクしたパラダイスになってゆくのではないでしょうか?
なぜ大人になるとそれが出来なくなってしまうんでしょうかね。大きなエゴや恐れなど、子供の頃には持っていなかったものですね。
企業人の私としては、しゃくし定規な社会に生きる反面、これからも自由な発想、根本から好きな光と関連した新技術や新製品を日本、海外を問わず世界中に向けて発信してゆきたいと考えています。
100年に一度と勝手に情報が独り歩きしているが、それはないでしょう、と言いたくなります。
創造性、歓び、達成感を世界中の人々と共有できる原動力に少しでも役に立てるような企業として生きてゆきたい、そのように考える今日この頃です。
私たちの役目は、100年に一度のチャンス到来として、今回の大きなパラダイムシフトを活用し、今までの経験で得た知識と実践してきたときに得た知恵、それらを私たちの次の世代へバトンをつなぐ役に立てて、やがて来る時代への礎になれれば幸いと考えています。平和な時代を生きてきた私たちの世代にできることは何かを考えたときに出た答えでした。
「私たがワクワクした星空との出会い」
今から40年前の日本の夏は6月に梅雨が来て2週間くらい雨が降り続き、7月の夏休みが始まる頃には晴天続きで、水不足が起きよく断水があったものです。でも晴天の続く夜は星好きの少年にとっては絶好の写真撮影のチャンス、当時は銀塩写真フィルムの全盛期でしたから、トライXでISO感度がASA400という感度表示でした。ですから、カメラを三脚にセットして30秒ほど開放撮影するときれいな星座写真が撮影できました。
眼に見えない星たちがカメラとフィルムで映し出される感動は、とても言葉では表現できなかったことを憶えています、一度は先生と天の川なのか雲を撮影したのかで議論したこともありました。あとで理解したのは、あれはいて座にある私たち地球が属している、銀河系の中心付近をみているまさに天の川の一番強く輝いてる部分の風景でした。その後、大きな天体望遠鏡へと興味は移り、Deep Sky Objectなどの他の銀河系を観たくなってゆきました。池谷・関彗星との出会いは衝撃的で、あのころは天文雑誌を毎月が来るのが待ち遠しかったのを憶えています。小学6年生のころでした。このころから天文学や顕微鏡の世界が面白くなってきました。カビの胞子の顕微鏡写真は中学1年生のころにカラーフィルムで撮影して自慢げに理科の先生や友達に見せていました。あの頃そのような生徒は私の知る限り1学年で600名ほどいたマンモス校でもいませんでした。
なぜかミクロとマクロの両方の世界に興味があったようです。まさにあのころは、宇宙とミクロの世界を探求心をもって興味深々でいつもそのことばかり考えていたようで、あまり学校の勉強には興味はなかったのが本音です。しかし、なぜかAM810のラジオ放送ファー・イースト・ネットワークが星を真夜中で見ている私のコンパニオンで、毎週金曜日の夜と土曜日の夜から明け方にかけて望遠鏡の中に映る星をみながら聞き入っていました。思えば、それが現在の私のインターナショナルビジネスに結びついている英語を駆使したビジネススタイルの原点だったのかもしれません。
それが、高校生の時にであった光の世界というブルーバックスと出会いを導き、自分の生まれてきた使命が天文学ではなく、光を駆使する光産業であることを気付かせてくれました。
現在私が企業人として推進しているグローバルネットワーキングや大学との積極的な交流の場として活用している光ネットワークカフェの活動の根底には、常にワクワクしながら星を見て、宇宙の壮大な広がりを感じた子供のころ感じた、あの未知の世界との遭遇のようなワクワクした気持ちがあります。そこには新鮮な出会いがあり、驚き、感動、創造性が生まれてくるのです。
次回は私に最も影響を与えた本、20年以上にわたりお世話になってきたアメリカにおけるビジネスやそこでの生活に関してお話したいと思います。
2009/07/09 (THU) 19:26 @ Japan
2009年3月04日(水)
面白い話の見つけ方?
もう3月になるんですね。 今年は特に時間の進み方が早く感じます。
歳のせいかな?と考えてもみましたがどうもそうではなさそうです。異なる年齢層の私がお付き合いしていただいている友人達に聞いても、やはり同じように最近は仕事や個人に関係なく多くの事象の起きるスピードが例年になく非常に速くなっているらいしいのです。
なにが感じさせているのか?それは世の中全体に起こっている過去の常識にとらわれない新たな時代の到来を感じさせることが多く起こっているからでしょう。たとえば、アメリカのオバマ大統領が当選したことは、アメリカという国に大きな変革を起こし始めています。また、過去の常識が既に通じなくなっていることです。数式を駆使した経済論で武装した投資証券が生み出したモンスター、サブプライム問題も経済学の最新理論を駆使した化け物でした。それもあっという間に泡沫のように消失し、大きな負の遺産をこの地球規模で爆発させました。その負のエネルギーのすさまじさは世界の経済を一瞬にして大恐慌症候群に陥れるに十分なものでした。
さて、このような時代にあって私たちは何ができるのか?それを経営者として常に考え続け、社会のために繁栄を継続するそのためには自分がすることはなにか?
そんなときに重要なことはジャンルを決めつけることなく、多角的な情報に積極的に接することです。
情報は時には全く予期しない方向から入ってきます。私の場合は、光を常に念頭においてその視点からエンジニアリング的に色々な事象を分析したり、感じてみたり、5感を働かせながらその感触を確かめます。その時に五感にピピッと来るものがあったときには、右脳と左脳が一挙に相互通信を開始し、イメージが浮かんできます。それが次第にビジネスの形になってくるわけです。もちろん、簡単にはゆきませんが、無から有を創り出すことがいまの時代には必要であり、既成概念にとらわれない発想が次の時代に通用するビジネスモデルを創り出すものであると信じています。
アメリカ、ヨーロッパ、アジア各国の光ハイテク産業の創業者達の夢を語るときの楽しそうな話、それを面白い話として聴けるかは、自分自身が心で聴くときに初めてブレークスルーが起きます、そのセンセーションは過去の多くの経験と鍛練を積み重ねて行くことでしか体験できないものです。毎日を常にそのような目で見ることを心がけることで、毎日がワクワクするものになり、新しい発想や創造性を生み出してゆくものになりそうです。
この不況とは人が作ったものです、自分たちの気の持ちようでどのようにでもなります。
面白い話の素は実は自分の中にある要素なんですね。
次回は、光の世界はどこへ行くのか?について語ってみたいと思います。
2009/03/04 (WED) 17:16 @ Japan
2009年2月13日(金)
信頼できるパートナー
さて、先週は風邪で倒れ、何とか仲間達の助けを借りて仕事を進めることができるところまでお話しました。
今回は、その後の私のこちらアメリカでの体験談をお話したいと思います。
日本とアメリカの文化の違いは非常にありますが、例えば品質に関しては日本は多分世界で一番気にする文化を持っていると思います。
それは生活にもでていますが、例えばトイレを綺麗に掃除するとか、とにかくだらしないと仕事にも影響が出るし、工場では災害や人災も起こりかねない。そのようなことから、普段の生活にも徹底的な品質に関する教えがありますね。
アメリカは、その反面全く異なる教え方をしていますので、品質に関しては日本人からすると全くの異次元の世界だと考えてもおかしくないかも知れません。
この異文化の差をどのように縮めるのか、それは非常に年月のかかることであり、お互いが努力して歩み寄るしかない。そのためにはお互いが信頼できるまでの関係、つまり人間関係で信頼できるまでに成長していないとどこかで破綻がくるようです。
私の過去30年近いアメリカとのビジネスにおいても、結局長く続いているのは個人とのつながりであり、会社ではありません。創業者でも色々なタイプの人がいて、会社を売り払う人もいれば、会社の技術を売ってしまう人もいます。長年付き合っていた人が急に他人のようになってしまうことも多々あります。
長く付き合っている人たちに一つ共通することがあります。それは、彼らが必ず約束を守り、行動をしてくれたことで、それに対して私も同じようにしていることです。
つまり、人の信頼関係とは約束事をかならず実行し、相手に対して尊敬の念を持っていることだと思います。
また、次に重要なのが、お互いが切磋琢磨しながら尊重できる関係であり、それを継続することで双方が創造的に成長できることです。
そうなんですね、約束事を守り実行、相互の尊敬、創造性、これらがある場合は必ずと行って良いほど良い結果が生まれています。
私も、会社経営を通じて多くのことを毎日のように学ばせてもらっていますが、海外との仕事をすることにより、日本と日本人を意識しながら自分自身の姿を外から見ることができます。
海外ビジネスにおける永遠のテーマである文化の差、これがある限り私たちの仕事には完了するということばは無いのでしょう。そして、命題が大きければなおさらチャレンジして行くファイトが沸いてきます。
次回は、どのようにして面白い話を探すのか。それについてお話したいと思います。
2009/02/13 (FRI)08 :47 @ U.S.A
2009年1月30日(金)
アメリカ South Pasadenaにて
前回はSan Joseで開催されるSPIEの会議に参加する予定で進めておりましたが、不覚にも渡米前日より成田で風邪の兆候、何となくいやな予感、飛行機の中でもマスクをして風邪の症状がそれより悪化しないように細心の注意を心がけ...。
しかし、翌日朝5時半の起床用にセットした目覚ましで起きたまでは良かったのですが、それから体が言うことをききません。参った、これでは約束した連中に申し訳ない。
しかし、体は正直で知らないうちに寝込んでいました。起きたら8時!飛行機は既に離陸している時間、San Joseで待ってくれている仲間に電話し、風邪で今日は出張無理と伝えました。
彼が言った言葉が、You take care and I will be able to meet people here without you. No problem. There are more important things to do next week, so get well.
アメリカ人が良く使うことばのTake careですが、ただのTake careとYou take careの場合微妙な違いがあるようです。特にパーソナルなタッチの時にはこのYouをつけるとより相手を思いやることばになるようです。そしてなによりも大切なのは、それを聞いた自分が自分自身を大切にすること、とてもありがたい言葉なんですね。
と、いうわけで今日は出張を取りやめて、午後遅くにゆっくりと起床し、体調が少し戻り始めたのでこのBLOGを書きました。明日からは、体調も戻ってカマリオというところにある弊社が代理店をしている表面洗浄検査装置を製造しているPhoto Emission Technology社の訪問です。最新の情報をお届けできると思います。
では次回は来週になります。
South Pasadena にて
2009/01/30 (FRI) 12:09 @ U.S.A
2009年1月16日(金)
第1回目のお話です。
今年のテーマは、光ネットワークを日本から世界に展開することです。
今までは、海外の企業を日本に紹介することを主体にしてきましたが、日本の優れた光学技術を世界に発信するお手伝いをするタイミングになってきたようです。
1月の事始めは、1月末にカリフォルニアのサンノゼで開催されるSPIEという学会に併設される展示会で普段は会えないメーカーの人々とのコミュニケーションを取ることです。
そこには過去20年という歳月から、毎年展示会場の雰囲気(気)を感じ取ることが毎年の楽しみになっています。気はどこから来るのか?と何度も自問自答しましたが、それはそこに存在する人々の発するエネルギーであると確信しています。世界経済も全く同じです。
カリフォルニアに行くと毎回感じるのですが、とにかく明るいのです。この明るさは景気とは一切関係ないようで、特にロサンゼルスはその力が強いようです。
まずはSPIEで出会ったメーカーさんとのお話でも次回はしたいと思います。
何かワクワクしています、光を取り巻く環境がここ数年非常に強くなってきています。光ネットワークを提唱する弊社の周りには、とにかく興味の尽きない話が多くありますので、別の機会にどのような面白い技術にであったか、ご報告したいと思います。
次回は1月末から2月下旬までアメリカにおけるハイテクベンチャー企業との出会いについてのお話をしたいと思います。
2009/01/16 (FRI) 22:21 @ Japan
Holonix International Blog